山口・広島紀行5


8月10日(日)
今日は割とノンビリした予定を立てたので、ホテルで朝食を取り、ゆっくり出発しました。 最初の目的地は広島市内でも中心から少し北に行ったトコに ある不動院です。
広電に乗り、本通でアストラムラインに乗り換えました。アストラムラインには初めて乗りましたが、 東京のゆりかもめみたいな感じでした。不動院前駅で降りて、すぐのところに 不動院はありました。
不動院には室町時代の遺構である唐様の金堂があり、国宝に指定 されています。 清白寺(山梨県)や正福寺(東京都)にある国宝の唐様建築くらいの大きさを想像していたんですが、 思っていたよりずっと大きく、重厚感のある建物でした。この日はお盆も近くて、お墓参りに 訪れていた方が多かったです。
不動院から時間があったら寄ろうと思っていた広島城に 行きました。中学の修学旅行以来です。 広島城は毛利輝元によって太田川河口の三角州に建てられた平城です。 再建された城には全く興味がないのですが、外壁の茶色が印象的なこの広島城だけは結構好き。
国宝が好きになってから知ったのですが、以前は国宝に 指定されていたんです。 それが原爆により全壊、昭和33年に再建されたそうです。井伏鱒二の『黒い雨』にもその時の 様子が描かれています。再建でも目を引く立派な城です。現在でも国宝であった姿だったら、 どんなに素晴らしいものだったのでしょう。広島城を見る度にやりきれない思いで一杯になります。 そういう思いにさせるという点では再建された意味が大いにあるのではないかなぁと思います。 そして、原爆に耐えて、いまでも生きているユーカリの木もあります。
城はもちろん木造ではなく、内部は資料館になっています。市内を一望できるのですが、 今回は外観を見て、平和記念公園に向かうことにしました。 ちなみに、広島東洋カープの名前の由来は広島城の別名・鯉城から来ています。
平和記念公園には広島を訪れる度に立ち寄っています。原爆ドームを左手に原爆投下の目標となった相生橋を渡って、 目指すは原爆の子の像です。
私の元にとんでもないニュースが飛び込んできたのはこの旅行に出る 4日前のことでした。原爆の子の像に供えられていた折り鶴が放火で燃えてしまったのです。 放火犯はすぐ捕まりましたが、就職が決まらず、ムシャクシャしてやったとのこと。 どんなにムシャクシャしてても、やっていいこととそうでないことがあるでしょう。 しかも、もうすぐ8月6日。以前から放火されたというニュースを聞くたびに胸を痛めていた のですが、今回は自分が行く直前でのことだったので、時間の無いなか、 100羽の鶴を折って持っていきました。
原爆の子の像の周囲には以前とは異なり、折り鶴を供えるブースができていました。 そのブースの半分は現在修復中という貼り紙が貼られ、折り鶴がありません。心無い放火により、 焼失してしまったのです。それでも、訪れる人々は折り鶴を持ってきていました。 そしてメッセージを投函できる場所も設けられ、皆それぞれ平和への思いを書いているようでした。
原爆慰霊碑の周囲には6日に行われた式典の際に供えられた献花がありました。 原爆慰霊碑の前には手を合わせる人が後を絶ちません。そこから見える平和の灯は 世界から核兵器が無くなった時に消えるそうですが、未だに消される気配はありません。
近年、8月6日が何の日か知らない若者が増えているそうですが、一度は平和記念公園を訪れ 平和の尊さを知って欲しいと思います。私が広島を最初に訪れたのは中学の修学旅行でした。 近所の中学がほとんど奈良・京都に行くなかで、平和教育のために広島に行っていたのです。 私としては奈良・京都には大人になっても行くし、逆に中学生で行ってもあんまり印象に 残らないと思います。中学生のときに広島に行けて、被爆者の方のお話を聞いたり、平和について いろいろ学んでホントによかったと今でも思っています。 今回は訪れませんでしたが、資料館は原爆の恐ろしさや平和について考えさせられる場所です。
本通りをブラブラして、チェーン店の中ではお気に入りのパン屋さんのアンデルセンの本店を 見つけてました。規模の大きさとチーズやサラダなどのパン以外の品揃えの多さにさすが 本店って感じ。広島駅で売ってたスティック状のチーズケーキもクルミ入りのとかあって 美味しかったです。
見つけるたびに買い込んだので、それなりのおみやげになったカープグッズを持って、 (しかも、ちゃっかり自分向けにも購入するあたり、ミーハーと言われても否定できませんデス、 ハイ。)予想外の思い出ができた広島を後に三原へ向かいます。
三原に着くと、ホテルに荷物を置いて、桟橋へ。駅から桟橋まではすぐ。 生口島に行く船は思っていたよりずっと小さくて地元の人の足という印象を受けました。 観光地の船にしか乗ったことがなかったので、興味津々。
桟橋は海ではなく、河口から少し入ったトコにあり、目の前には工場が並んでいるので、 ちょっと残念だったのですが、瀬戸内海に出ると、想像以上に大きな島々が連なっていて、 すばらしい風景が広がります。これまで瀬戸内の島で訪れたことがあったのは宮島だけ だったのですが、宮島周辺より島が多くて、島に囲まれてる感じ。どの島も高さがあって、 深い緑に彩られています。島が多いことで知られている瀬戸内海ですが、こんなに大きくて、 山がある島がたくさんあるとは思ってなかったです。地図で見ても、高さってイメージしづらくて、 こんなふうに重なり合って見えたりするとは想像してなかった。百聞は一見に如かずって感じでした。 島と言えば伊豆七島みたいに海の中に点々とある島を想像する私にとっては驚きの光景でした。
美しい景色に感動しているうちに生口島に近づいてきたようで、船のスピードが落ちてきました。 ここが生口島かぁなんて思ってると小高いトコに三重塔の姿が。見たかった向上寺の三重塔です。 それから間もなく生口島の瀬戸田港へ到着しました。
瀬戸田港から歩いて向上寺へ。このへんは観光地ではないらしく、ほとんど観光客に 会いませんでした。向上寺への道を詳しく書いてある地図とか無くて、どれもみんな大ざっぱ。 道なんて書いてありません。歩いているとテキトーに矢印があるので迷うことはなかったのですが、 人は歩いてないし、ホントにこの道でいいのって感じでした。小高いトコにあることを知ってて よかった。このまま山の中に入っちゃうんではと不安になりそうな道(見たコトない虫さんたちの お出迎え付き)を歩いて向上寺に辿り着きました。この日は暑くて、蝉の声もうるさいくらいでした。
目指す三重塔は更に上にありました。急な石段から見上げた先には 朱塗りの三重塔が建っていました。 この三重塔は室町時代に建てられた折衷様のもので国宝に指定されています。
写真で見るとあんまりインパクトのない塔だったのですが、柱の朱と壁の白、そして瓦葺の屋根が 海に浮かぶ島にはふさわしく思えました。写真だけで判断しちゃいけないなぁと反省。 周囲の環境とか空気みたいなものは実際行ってみないとわからないもの。
しばらくじっくり鑑賞して、奥に続く道があったので登ってみました。 そこは潮音山公園という公園になっていて、眼下に海が見えます。おお、高いトコから見下ろすと 違って見える。そこからも三重塔の屋根が見えて、なかなかいい感じ。見れば、この生口島出身の 平山郁夫画伯がここから三重塔をスケッチしたという碑が立っています。
三重塔を見ているうちにある島の存在に気づきました。この島の案内板に書いてあったのです。 近くにひょうたん島という島があり、 NHKの『ひょっこりひょうたん島』のモデルになったと。 そのひょうたん島が見えたんです。かわいい島で、ホント、ひょっこりひょうたん島みたい。
今日は天気もいいし、夕焼け見るには絶好のポイントかもと思ったのですが、まだ日が高く、 登ってくるのにもそんなに苦にならないから、一度、下りることにしました。
もう一度、三重塔の建っているトコまで戻り、全景を写せる撮影ポイントを探していた時、 この旅最大の悲劇が! さっきいた時は気づかなかったけど、なんだか、羽虫が寄ってきたゾとよく見たら、 やぶ蚊ではないですか!どうもやぶ蚊の毒に弱いらしく、なかなか痒みは収まらないわ、 とんでもなく腫れるわでいつも苦労している私です。写真のことなど忘れて、一目散に 石段を下りて、来た時は違う車が通れそうな道へ逃げました。
こっちの方が蚊が少ないかなぁと思ってこの道を選んだのですが、大きな道に出たのはいいが、 隣の島へと渡る橋に繋がっていて、どうすればいいんだぁとおのれのついてなさっぷりにトホホ。 これって道なのって道を行き、ようやく元来た道に戻れました。しかし、散々蚊に刺され、真っ赤に なってる両肘を見たら、もうあの場所には戻れないと思って、さっさとあきらめました。 寺とか神社にはやぶ蚊が多いってことをすっかり忘れてたのが悪いんですけど、それにしても あんなにたかられたのは久しぶりで、思い出してもゾッとします。
昼ごはんを食べてなかったので、早めの夕食をと思い、食べ物屋を探したんですが、 日曜日ってこともあってか、開いてる店がない。生口島には耕三寺という派手な建築物が たくさんある寺や平山郁夫美術館があり、その辺は観光地っぽいので、行けばなんかあるかなぁと 思って行ってみました。途中にいくつか食べ物屋があったのですが、どこも休みでした。 生口島ではタコが名物だったので、食べてみたかったんですが、う〜ん。残念。
耕三寺はもう閉まっていたんですが、なんとなく派手な雰囲気はわかりましたよ。 耕三寺の向かいに「ドルチェ」というジェラート屋がありました。その店は開いていたので、早速、 ジェラートを食べることにしました。メニューには地元・瀬戸田や近くの島で取れたフルーツが たくさん書いてありました。伯方島産の塩っていうのもあります。どんな味なんだろ? お腹が減ってたのと暑かったのとで、瀬戸田産のレモンと瀬戸田産のイチゴを 使ったイチゴミルクをダブルで注文してしまいました。生口島は国内で初めてレモンを 栽培したことで知られていて、全国有数の柑橘類生産地なんです。チョイスしたジェラートは どちらもフルーツの味が残ってて、レモンは甘酸っぱくて、すっきりした後味で、 サイコーに美味しかったです。生口島の味にすっかり満足しました。
港まで戻ると、だいぶ日が傾いてきていました。夕焼けを見ようと南に向かって海岸線を 歩くことにしました。少し歩くと、海がよく見えるトコに出ました。夕焼けに赤く染まる 瀬戸内海は幻想的で、とってもキレイでした。海に下りる階段があったので、そこに腰掛けて、 刻一刻と変わる風景をずっと眺めてました。瀬戸内海の夕焼けはきっとキレイなんだろうなぁと 思って、ここに来たら絶対見ようと思ってました。天気がよくてよかった。 こんなに印象的な夕焼けを見たのは久しぶりでした。
三原へ帰る船に乗るとき、潮の流れがすごく早く感じたので、係員の方に尋ねたら、そんなでも ないっていうことでした。それを聞いてたのか、他のお客さんも早いよねって言ってたので、 他と比べたら早いにちがいないとか思ったのですが、どうなんでしょうね。その港は隣の島との 間に作られていて、海の幅がとっても狭くなっているんですよ。
三原へ着く頃にはすっかり日も暮れていました。この日、三原ではやっさ祭りが行われていたので、 夕食のついでに見物することにしました。この祭りは やっさ踊りがメインなのですが、 コンテストみたいになっているようで、道には観覧席が設けられ、大盛況でした。コンテストに 参加してる人はグループごとに同じ浴衣を着たりして、一生懸命踊ってました。老若男女混ざった グループも多くて、こうして伝統が引き継がれていくんだなぁと思いました。 伝統と書きましたが、この踊りの歴史は古く、三原城の完成を祝って踊ったのが始まりと言われ、 以来、時代の変遷で変化しつつも、およそ430年続いてるそうです。
やっさ踊りは三味線、太鼓、笛などが奏でる曲と歌に合わせて踊るのですが、手足の動かし方は 阿波踊りに似てるかな。「ヤッサ、ヤッサ」という合いの手が入るので、 やっさ踊りって言うんでしょうね。近所の盆踊りしか見たことない私にはえっ、いま、どう足を 動かしたの?とか思ったりして、おもしろかったですよ。 最後には駅前の会場で観客もみんな輪になって踊ってたみたいです。
やっさ踊りの始まりに関係する三原城ですが、駅のすぐ隣っていうか、駅にくっついて石垣などの跡が 残っています。入り口は駅と直結してたり、城跡からは駅のホームが隣に見えて、不思議な感じ。 鉄道を通す場所が無くて、城を貫通したからなんですね。
小早川隆景によって築城された三原城は、当時は海に面していて軍港の役割も果たしていました。 満潮時には海に浮いているように見えたので”浮城”と呼ばれていたそうです。 瀬戸内を統べる隆景の居城にふさわしいものだったのでしょう。 現在は埋め立てられたりして、海からはだいぶ離れてしまったのがちょっと残念です。
訪れたことのなかった2つの国宝建築を鑑賞したことと、瀬戸内海の夕景とやっさ踊りが 印象に残った一日でした。