高坂弾正関連年表


”高坂弾正関連”と言いつつ、 関係なさそうな人の名前や戦も…。作っている時に、誰とどれくらい歳が離れているのかとか 知りたくなったので、こんなミーハーな年表になってしまいました。
※年齢は数え年で統一してあります。
 
大永元(1521)年11.3 武田晴信(信玄)誕生 
大永7(1527)年 甲斐国伊沢の大百姓春日大隅の子、春日源助(高坂弾正)誕生 
享禄3(1530)年  長尾景虎(上杉謙信)誕生、吉川元春誕生
天文3(1533)年  島津義久誕生、小早川隆景誕生
天文3(1534)年  織田信長誕生
天文4(1535)年  島津義弘誕生
天文6(1537)年11  豊臣秀吉誕生
天文10(1541)年15 武田晴信(信玄)、父・信虎を駿河に追放。 
天文11(1542)年16 晴信のもとへ出仕。晴信、諏訪攻略。 徳川家康誕生
天文15(1546)年20 武田勝頼誕生河越の戦い
天文16(1547)年21 晴信、『甲州法度之次第』を制定。 真田昌幸誕生
天文16(1548)年22 武田軍、上田原の戦いで村上義清に敗れる。
塩尻峠で小笠原長時を破る。
長尾景虎(上杉謙信)、家督をつぐ。
天文19(1550)年24 武田軍、砥石城を攻めて敗れる。 
天文21(1552)年26 小岩嶽城攻略戦で最初の殊勲をあげる。騎馬100騎を与えられて、侍大将になる。 
天文22(1553)年27 信濃国小諸城代になる。第1回川中島の戦い 
天文24(1555)年29 第2回川中島の戦い厳島の戦い
弘治2(1556)年30 信濃国尼飾城代になる。 
弘治3(1557)年31 第3回川中島の戦い 
永禄2(1559)年33 晴信、信玄と号する。 
永禄3(1560)年34 信濃国海津城代になる。桶狭間の戦い。直江兼続誕生
永禄4(1561)年9.1035 第4回川中島の戦い。香坂(高坂)の名跡をつぐ。 閏3月、長尾景虎、関東管領となり、上杉氏をつぐ。
永禄7(1564)年38 第5回川中島の戦い 
永禄10(1567)年41  真田信繁(幸村)誕生、伊達政宗誕生
永禄12(1569)年10.643 三増峠の戦い 
元亀元(1570)年44  姉川の戦い
元亀2(1571)年45  毛利元就死去、北条氏康死去
元亀3(1572)46 上洛を目指す武田信玄の本隊に加わる。 
元亀3(1572)12.2246 三方ヶ原の戦い 
元亀4(1573)年4.1247 武田信玄死去。殉死を願い出たが、止められる。この年、室町幕府滅亡
天正3(1575)年5.2149 長篠の戦い 
天正4(1576)年4.1650 信玄葬儀 
天正6(1578)年5月or6月52 高坂弾正死去 3.13 上杉謙信死去。この直後、御館の乱勃発
1582(天正10)年3.11 武田家滅亡 6.2 本能寺の変


こうして年表にしてみると高坂は私が気になる他の武将や天下取れそう&取った武将より年上なんですよね。
信玄公よりは年下なのであまり気にしていませんでしたが、私にとってお兄ちゃんキャラである吉川元春より年上とは なんだか妙な感じです。
「信玄公があと20年遅く産まれてたら・・・」という話を耳にしますが、そう言う人の気持ちがわかりました。
天下を取れるとは言いませんが、年のハンデのないところで競ってほしかったかな。